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blue mountain~その頂きに何を望む~

ついにジャニヲタ&エイター歴10年という大台に乗ってしまったとあるヲタクの戯言です。特撮も吐き出す事がある…かも。

何時如何なる時代もKAT-TUNはKAT-TUNであるという不変の事実~私のKAT-TUN遍歴<彼に落ちたあの日>編~

またタイトルが長いですね。
結論を先に書くのが論文の鉄則だと大学時代教えられましたがタイトルに結論を書くようにとは言われなかった気がします。
でもいかに目を引くタイトルにするかは多少誇張ぽくっても論文でも大事だとか何とか言われた気はする。
別にこれ論文じゃないですけれど(笑)

という蛇足から入りまして今回の記事では先日の2016/4/3(日)、KAT-TUNデビュー10周年ツアーのナゴヤドーム公演に参戦して私が見た現在のKAT-TUNというものを自由に語ってみようと思います。

前提として「お前関ジャニ∞のファンだよな。eighterだよな。」とこれより前の記事を読んで下さった方には思われるかもしれませんが、実は私、関ジャニ∞安田章大に出会う一ヶ月前に当時KAT-TUNだった田中聖を好きになった事からジャニヲタ生活が始まっております。
2005年~2009年頃までは完全な田中聖安田章大の掛け持ち担でした。

まず、簡単な私のKAT-TUNファン経歴(ハイフンと名乗るには烏滸がましいファン経歴なのでKAT-TUNファンと自分の事を名乗ります)

2005年1月
 <「ごくせん2」で仁亀を知る。それが切っ掛けでKAT-TUNというジャニーズJr.ユニットの存在を知る。>
 この時点でごくせんでは仁亀なら赤西仁。でもそれより小池徹平くんが好きでした。

2005年4月
 <まぁまぁ気になっていた赤西仁くんが出演するドラマ「anego」を視聴。>
 普通に仁は好きだけれどジャニーズファンという程でもないな。うん、格好良いよね、という程度。

2005年10月
 <亀梨和也くんと山下智久くんがW主演のドラマ「野ブタ。をプロデュース」を視聴。>
 亀ちゃんのごくせんでの役柄結構好きだったし、という事もあって亀ちゃん目当てで見始めました。

2005年11月
 <母親がバレーボールが好きなので『2005年ワールドグランドチャンピオンズカップ』(通称グラチャン)を見る。応援プロデューサーにはKAT-TUNが就任>
 ここで仁亀以外のKAT-TUNメンバーを初めて見る。歌もこの時が初めての認識になるはずなので初めて聴いたKAT-TUNの歌はグラチャンのテーマソング『Will Be All Right』という事に一応なる。(本当はその前までのカウコンとか見ているはずだけど認識には至っていない。)

 田中聖タイムアウト中の応援DJを(していると思っていたが今思うと実際どうだったか映像資料を残していないので不明だし多分違う)中々良い感じに頑張っているな、という上から目線で評価。
 しかし、それを思って聖を認識した日のEDトークで聖は片脚だけに重心を乗せてもう片脚は軽く貧乏ゆすりをしているような感じで態度が悪く、「さっきせっかく頑張ってたのに、ただでさえイカツイ感じなんだからちゃんと立たないと。事務所の人に怒られるよー。勿体ない」とこれまた上から目線の感想を持つ。
 その翌日。昨日の事があって聖に注目していたEDトーク。なんと。まさかのしっかりまっすぐ立っている!事務所の人に怒られたのか!そんでもってちゃんと直したのか!そのイカツイ見た目の癖に可愛い奴だな!!

はい、仁亀を10ケ月程フリに使いましたが聖に落ちたのはたった2日間の出来事です。
「不良がちょっと良い事をすると凄く高評価になる」の法則です。

その後すぐに初めて本屋さんでアイドル誌を手に取る。
初購入は2005年12月号のDUETさんです。(ちなみにこのDUETで一番印象に残っているのはありえないぐらいエロい中丸雄一氏です。しかも何冊かアイドル誌を見た中でこのDUETを選んだのは中丸くんの写真が良過ぎたからでした)

このDUETさんに載っていた関ジャニ∞パジャマ写真では丸山氏と大倉氏の見分けが未だにパッと見分からなくなります。
しかし、この時の関ジャニ∞のメンバー全員(忙しかった錦戸氏抜き)の座談会が面白くて次も関ジャニ∞のページ見てみようとか思ってたらうっかりその次の号で超絶的にぶりっ子している安田章大に落ちました。

2005年12月

 <野ブタが単純に好きだった事もあり、人生で初めてジャニーズのCD『青春アミーゴ』を購入>
 <それから間もなくクリスマス、サンタさんにKAT-TUNのライブDVD『KAT-TUN Live海賊帆』をお願いし、見事届く。人生初のジャニーズのDVD>
 名実共に聖担でありKAT-TUNファンのジャニヲタになる。そんな12月。

これが革命的に自分の人生が動いた2005年私的ジャニーズ事情。
きっとKAT-TUNファンが爆発的に増えたこの年にまんまと仁亀…ではなく何故か聖に落ちた謎な私です。

思いっきり余談ですが、この年放送されていた仮面ライダー響鬼に出演されていた松田賢二さんという役者さんにこの夏に惚れて今もずっと活動を追いかけ続けているのでこの年に本気で好きになったもの達が10年と少し経った今も本気で好きでいられてとても幸せです。


KAT-TUNの音楽スタイルは私にとって非常に馴染みのあるものでした。
元々小学6年生の頃にDA PUMPのファンになり、歌とダンスとRAPというパフォーマンスの人達を約6年見続けた2005年の高校2年生。
歌もダンスもRAPも全部KAT-TUNは兼ね備えていて更に曲調も曲によってはどことなくDA PUMPにも近しいものもあり、驚く程すんなりとKAT-TUNの音楽に私は馴染みました。
音楽業界の第一線で長年活躍していたDA PUMPというグループにあってKENの紡ぐRAPを幾度となく聴いてきた私はまだデビューもしていないたかだかJr.のRAPの実力の高さに驚き、ますますKAT-TUNの世界に没頭します。


さて今回の投稿はここら辺で。
ライブの感想はまだまだ先ですね~。
次回はKAT-TUNの歩みと私のファンとしての気持ちの浮き沈みについて書きたいと思います。


今はもうKAT-TUNとして現場では聴く事の敵わないRAP。
それでも彼らがやっぱり好きだと言う気持ちは変わる事がないのです。